それは、「もしもイスラームが強制的に人々に改宗を迫っていなければ、世界中に数億人もの信奉者はいなかったはずであろう」という一部の非ムスリムの間でもっぱら信じられているものです。
以下では、イスラームの布教が剣によるものとは遠くかけ離れており、それが急速に広まったのは理性と論理による本質的な真理の力であったことを明確にします。
イスラームは常に、あらゆる宗教に対して敬意を払い、信教の自由を保証してきました。クルアーンの中からも信教の自由について明記されています。
“宗教には強制があってはならない。正に正しい道は迷誤から明らかに(分別)されている。”(クルアーン2:256)
歴史家デラシー・オレアリーはこう述べます1。「しかしながら歴史は、狂信的なムスリムたちが世界に進出する際、征服地において剣先でイスラームを強制したということが、歴史家たちが繰り返す最もばかげた俗説であるということを明らかにしているのである。」
著名な歴史家のトーマス・カーライルは、著書「Heroes and Hero worship(英 雄と英雄崇拝)」の中で、イスラームの広まりについての誤解について言及しています。「例の剣についてですが、その剣はどこで手に入れたというのでしょ う? あらゆる新しい見解は、生み出された当初は少数派に属するものです。つまり、その人物の頭の中だけにあるということです。つまり世界中でその人物の みがそれを信じ、その人物対世界の全人口だということなのです。彼が剣を手に取り、宣教を始めたところで殆ど成果はないでしょう。そこには剣がなければな らないのでしょうか? 最終的には、物事はそれ自身の内容によって広まるのです。」
もしイスラームが剣によって広まったのであれば、それは知性の剣だったのであり、また説得力のある議論だったのです。その剣こそが、人々の心と知性を勝ち取ったのです。これに関してクルアーンはこう述べます。
“英知と良い話し方で、(凡ての者を)あなたの主の道に招け。最善の態度でかれらと議論しなさい。”(クルアーン16:125)
このように、イスラームは剣で広められたのではないことが明白となりました。「イスラームの剣」がムスリム諸国における非ムスリムを改宗させたのでもありません。ムスリムたちが800年間に渡って統治したインドにおいては、彼らは依然として少数派に属します。米国において、イスラームは最も急速に成長をしている宗教であり、その追従者は600万人にも上ります。
その著者「The World’s Religions(世界の諸宗教)」において、ハストン・スミスは預言者ムハンマドがいかにムスリムの統治下でユダヤ教徒・キリスト教徒に対し宗教的自由を与えたかを論じています。
預言者は契約書において、ユダヤ教徒・キリスト教に次のような保証をしています。“彼らはあらゆる中傷や危害から保護され、我々の援助と善き職務を受け、我々の民と同等の権利を享受する。”そしてさらにこうあります。“彼らはムスリムと同様、自由に宗教を実践することが出来る。”2
スミスは、その契約をムスリムが人類初の良心条項であると見なし、それ以降のあらゆるムスリム国家における権威ある模範であるということを指摘しています。