セクション | イスラームでの 第一歩 | |||
追加の日付 | 2012-12-23 14:58:08 | |||
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一般的に言って、イスラームでは全ての商取引が合法とされます。というのもそれは売る者と買う者の間でなされる、物品の交換であるからです。しかし問題は二者間の一方に被害が生じる可能性のある類のもので、そのような種類の取引は非合法と見なされ、禁じられます。至高のアッラーはこう仰いました:
-信仰者たちよ、あなた方の間であなた方の財産を不当に貪ってはならない。,(クルアーン4:29)
一方でイスラームはよき手段でもって稼いだものと、正しい形での取引から生じた利益を最善のものと見なしています。どのような稼ぎが最善かつ最も純粋であるかと尋ねられ、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう答えました:
「自らの手を用いた労働と、全ての偽りのない取引(によって稼いだもの)である。 」(アフマドの伝承)
イスラームは商取引において、誠実であることを義務付けています。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「誠実で正直なムスリム商人は、審判の日に殉教者らと共にあろう。」(アル=ハーキムの伝承)
またもしそれが人の目に明らかではなくとも、取引の対象に何らかの欠陥があるならば、それを前もってきちんと説明しておくのがムスリムとしての義務です。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「いかなる物も、その欠陥などを説明することなく売却してはならない。また何かしらの欠陥があることを知りつつ、それを明らかにせずに売却してはならない。」(アフマドの伝承)
当然ながら、人を騙すことも禁じられています。アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はある時積み重なった食料の山を通りかかりました。そしてそこに手を入れると、指が濡れたのでこう言いました:
「(この)食料の持ち主よ、これは一体どうしたことか?」すると(食料の持ち主は)言いました:「アッラーの使徒よ、雨で濡れてしまったのです。」それで(預言者は)言いました:「それでは人々が(一目見て)分かるように、その(濡れた)部分を上にしておけばいいではないか?インチキをする者は私たちの仲間ではないのだぞ。」(ムスリムの伝承)
取引においてムスリムは正直であるべきであり、嘘をついてはいけません。 アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「売買交渉する両者は、その(売買取引の)場にある限り、(取引の最終決定に関する)選択権を有する。それで(その交渉取引において両者が)正直であり、また(商品の詳細に渡って)説明するならば、彼らはその取引において祝福されるであろう。しかし(その交渉取引において両者が)何かを隠蔽し、また嘘をついたりするならば彼らのその取引における祝福は抹消されるであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)
またムスリムは売買において許し深くなければなりません。というのもそれこそが取引する者たちの関係を強化する一つの手段なのであり、人類愛や兄弟愛を損ねるところの物質主義を排斥するものであるからです。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「アッラーは売買、及び(債務などの)遂行において寛容な者を慈しまれる。」(アル=ブハーリーの伝承)
またムスリムは取引において、やたらと誓いの言葉を発してはなりません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:
「商売において無闇に誓いを立てるのではない。嘘の誓いは商品(を手早くさばく)には役立つが、(真の)利益を抹消してしまうものである。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)
またもし買い手が取引を後悔しているような場合には、その取引を解消してやることがイスラームの推奨しているやり方です。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「ムスリムを(契約における失敗において)大目に見てやる者は、アッラーによって審判の日、その失敗を大目に見て頂けるであろう。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承)
これらのことが、イスラームが定めているマナーの一部です。イスラームにはこれ以外にも沢山のマナーが存在しますが、この小冊子の目的である簡潔さから逸脱してしまわないためにも、ここに挙げるものだけに留めておきました。しかしイスラームにおいては人生のいかなる場面においても、それに対応するクルアーンの句や預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の伝承が存在することをご存知頂けたであろうと思います。そしてその理由こそは、ムスリムの全人生がアッラーへの崇拝行為となるためなのであり、また全人生において沢山の善行を手に入れることが出来るようにするためなのです。